8月4日のキロボ打上げ前に、ロボット宇宙飛行士誕生の裏側を開発者の皆さまに伺いました。


西嶋 きっかけは2009年ごろ、高橋先生と『ヒト型ロボットを宇宙へ』と2人で夢を語ったことです。その後、今回のロボット宇宙飛行士の原型となるアイデアを、JAXAの「『きぼう』を利用した社会課題解決テーマのフィジビリティスタディ」に応募して採択され、2011年から検討を開始しました。そして民間の予算と技術で宇宙を目指そうと、トヨタ自動車に参画して頂き、2012年8月末からKIROBOの開発プロジェクトをスタートさせました。
宇宙業界の常識からいえば、ロボットのような複雑なものをゼロから開発して、数多くの厳しい試験を9か月で通すというのは、かなり難しい話だと聞きました。でも、ここにいる皆さんのおかげで成し遂げられたのです。その時に感じられたことをぜひお聞きしたいです。最初に西嶋が相談に行ったのは熊谷さんでしたね。 熊谷 お話を聞いて正直「かなり難しいな」と思いました(笑)。今までJAXAさんの実験装置の技術サポートをしていましたが、宇宙で動くロボットはまったく新しい分野。でもトライしてみようかなと。難しいけれど『何とかなるかな?』という気持ちだけはありました。 髙谷 ほぼ同じ頃に、トヨタにもお話を頂いたんですよね。私は、弊社開発責任者の片岡からプロジェクトの企画内容を聞いて、宇宙という舞台に驚きました。その一方で、『人とロボットが共生する未来を創造する』というトヨタが進めるパートナーロボットの開発と非常に共通点を感じました。それまで別プロジェクトの担当でしたが、上司に参画させてほしいと懇願しました。 後藤(芳) その後、地上と宇宙の間の通信ソフト担当として、我々が参加しました。 松村 僕は10年ぐらい前から高橋さんと一緒にロボットを作っていて、「しんどい仕事に無理が利く」と白羽の矢が立った(笑)。高橋さんはロボットの外観をハイクオリティにまとめますが、ロボットの筐体にプログラムを組み合わせたり、連携するシステムが増えていく段階で、この形状では難しいとか、さまざまな技術的な課題が出てきます。そこで、僕が技術的にネゴシエーションする仕事を担当することになったわけです。


髙谷 9月から開発が始まって、最初は担当ごとに作業をしていました。高橋先生はハードウェア、トヨタは音声対話、IHIエスキューブさんはソフトウェアと。そして2013年1月にJAXA筑波宇宙センターで初めて、組み合わせてちゃんと動くか試験をしたのですよね。 松本 僕が初めてロボットを見たのはその時だったのですが…、ロボットはぴくりとも動きませんでした(笑) 髙谷 事前に1~2か月かけて準備したのに、あれはショックだったなぁ。 松村 この時は市販のUSBの中にシステムを入れて、USBを本体に指し込めば起動するはずだった。それがぴくりとも動かない。 髙谷 この時の原因はUSB。ネットで調べたところ、そのUSBは不良品ということで発売中止になっていたんですよね。 西嶋 販売中止になっていた不良品を、ものすごい確率で引き当ててしまった訳です。 松村 あわてて、筑波の電気屋さんに他のUSBを買いに走りましたよね(笑) 後藤(雅) 僕は2013年3月ごろ開発に参加したので、その場にはいなかったのですが、JAXAでも宇宙用に民生品(※一般家庭での使用が想定された製品)を使う時はすごく気を使います。同じ製品でも発売期間が違うものや、違うロット(箱)のものを購入したりして、不良品にあたらないように細心の注意を払っています。 髙谷 まさしく引っかかりましたね。あのロットが全部ダメでした!(笑)


熊谷 でも、やはり一番しんどかったのは「USBカメラ」のトラブルですね。KIROBOに内蔵されたカメラが映像を撮って、そのデータをパソコンへ流すのですが、いくらやっても途中で映像がフリーズしてしまう。しかも、原因がさっぱり分からなかった。 髙谷 これだろうと原因を探って実験しても、同じ状況を全く再現できない。 熊谷 KIROBOは宇宙に行くまでに、たくさんの試験を受ける必要があったのですが、その中でもEMC試験という電磁波の影響を調べる試験が一番手ごわいのです。過去の経験でもたいがいEMC試験で引っかかるので、IHIエスキューブさんに頼んで、カメラとかモーターとか引っかかりそうな部品だけ先行して試験をやってもらった。でも、部品ごとの試験では大丈夫なのに、EMCの試験場に行くと毎回USBカメラがひっかかる(笑) 髙谷 試験場に何かいるんじゃないか!?と非科学的な話まで出てきて(笑)。何が原因なのか順番につぶしていった。ソフトウェア、ハードウェア、モーター、USBの電源、信号・・などなど。 後藤(雅) 僕も使用しているUSB機器のメーカーに問い合わせたりしました。 一般的にEMC試験はトラブルが起きやすく、原因が分かりにくいからすごく難しい。みんな疲れてきて、本当の原因から離れて違う方向に行ってしまうんです。でも宇宙プロジェクトに多数参加した経験から、このロボット宇宙飛行士のチームは、トラブルを沢山抱えていて時間的に厳しいけれど、皆さん過去に多くの不具合を乗り越えてきたプロだということで、大丈夫、行けそうというのが第一印象でした。 熊谷 本当にそう思われましたか!?(笑)今回の試験は通常想定される期間の2倍ぐらいに余裕をもって工程を組みました。でもギリギリになってきて、眠れない時もありましたね。 西嶋 KIROBOは「打ち上げに間に合わなければ、次のチャンスは二度とない」という一発勝負のプロジェクトです。電通の営業から「間に合わなかったら、2人で辞表ですね」と、本当なのか冗談なのか分からないような話もされていました(笑)。 髙谷 でも、このチームは笑っているほうですよ。あれだけトラブルが続いて、分からないことを抱えながらも、雰囲気がとても良かった。 松村 EMCの試験場のお弁当が美味しかったですよね。茶菓子があって珈琲も飲み放題。試験がうまくいかないと、美味しいご飯がないとやってられない!(笑)


高橋 みんな、わざわざ苦しかった時期を振り返っているの?(一同爆笑) 松村 EMC試験で『地獄があった』という話です。最初の頃、EMC試験は電磁波を当てるものだから、電源系が悪さをしていると思っていた。でも実は配線が問題だった。それなのに「まさか配線じゃないよね」という驕りがあって。電源を対処して直したつもりだったのに、試験するとうまくいかない。だんだん心が折れてきました。でもある時、なぜ通信が途切れるか、流れている電流を実際に測ってみようと。高橋さんに怒られるかもしれないけど、じつはロボットのボディを勝手に開けてしまって(笑)、USBカメラの配線に計測器を挟んで計測してみたら、ようやく現象が再現できたのです。 後藤(芳) 今となっては、原因は明らかですよね。USBカメラからは電線が4本出ているのですが、その電線を「わざと」ねじれさせる、つまりツイストして作らないといけなかった。ツイストさせることで電流が流れるときに発生する磁場を、打ち消すことができるからです。 松村 その他のUSB配線は、きちんとツイストされていたので、ここだけが盲点でした。 後藤(芳) ところが KIROBOのUSBカメラの電線「だけ」はツイストされていなかった。それでもロボットが動かない時は電線がたまたま近かったから通信できた。しかし、腰を動かすと、そのツイストされていない電線が離れてしまい、通信ができなくなった。だから、現象が出たり出なかったりした訳です。 西嶋 ごくごく短い、カメラの電線がツイストされていないだけで、ここまでの現象になるとは分からなかったのですよね。宇宙環境は本当に特殊ですね。 松村 ボディをあけて、電流を測ってみて初めて分かったのです。 高橋 でも、もし宇宙で実験が失敗したら、松村君が勝手にBODYをバラしたからということになる訳だよね(爆笑) 西嶋 JAXA後藤さん、宇宙で使う配線はやはりツイストが基本ですか? 後藤(雅) 宇宙で使う部品の配線は基本的に全部ツイストしてあります。ノイズを消す、とても有効な手段なので。 西嶋 しかしながら、この宇宙向けに開発から得られたものが、地上での開発に活かせるならば、民間企業としてとても有益な経験だったと思います。このような宇宙技術の地上での活用を「スピンオフ」というのですよね? 後藤(雅) その通りです。 熊谷 スケジュールが押しに押して、KIROBOを引き渡す1週間前まで試験して、ギリギリ間に合った。 後藤(雅) よくあることですよ。前日まで試験しているなんてこともありますから(笑)。でもEMC試験7回とはすさまじいです。これだけみっちりやれば大丈夫でしょう(笑)。


西嶋 片岡さま、上山さま、ちょうど良かったです。細かい開発の話が終わって、次は宇宙で実際に話すために何を大切にしたのかを話すところでした。片岡さまは、開発責任者としての俯瞰的な視点で、キロボの知能化についてぜひお聞かせください。上山さまは、担当された宇宙飛行士への説明や、手順書作成などを教えてください。まずは上山さま、よろしくお願いします。 上山 はい。私は主に宇宙飛行士への本プロジェクトの説明(FAM)と、彼らが軌道上で使う手順書の作成を担当していました。開発チームの皆さんが心をこめて育ててきたキロボ君を軌道上に行っても宇宙飛行士達に可愛がってもらえるように、微力ながら努力して参りました。 西嶋 細やかな心遣いをありがとうございます。 上山 FAMにおいては、多くの仕事を抱える国内外の宇宙飛行士に対して、限られた短い時間の中で、いかに効率的に、大切なポイントを押さえたレクチャが出来るかに気をつけました。私の工夫としては、説明の中に、キロボ君への愛着が湧くような感性に訴えるメッセージも盛り込むことで、異なる文化背景を持った海外の宇宙飛行士達へも、本プロジェクトの素晴らしさを伝えたつもりです。 西嶋 FAM直前は、よく行方不明になっていましたよね(笑)。英語原稿の確認をするために、こんなに真剣にやられるのだと驚きました。 上山 はい、宇宙飛行士の方の貴重な時間を無駄にしないように、直前まで原稿の読み直しを行っていました。 西嶋 上山さま、有難うございました。さて、それではロボットの知能化について、片岡さま教えてください。 片岡 トヨタ自動車は、音声認識を用いたロボットの知能化を担当しました。具体的には、”話し上手”(一問一答対話機能)、”聞き上手”(あいづち、感情推定、おうむ返し機能)、”覚え上手”(顔認証)というキーワードを設定し、それぞれに対応する機能を盛り込んでいます。彼らに日本人の「和」の心を宿らせたいと思って開発しました。かしこい頭と、やさしい心をもった、ロボット宇宙飛行士になってもらいたいと強く願っています。 西嶋 宇宙を目指された理由を教えてください。 片岡 わたしは、本当に宇宙飛行士になりたかったのです。その熱い想いを、KIROBOとMIRATAに託しました。でもそれは個人的な理由でした(笑)、宇宙は希望が溢れている場所。宇宙飛行士という人類の憧れの人、そこに未来の希望となるロボットが一緒になる、その姿こそが、我々が考えている未来社会、人とロボットが共生する未来社会をイメージしてもらうのに、期待してもらうのに、いちばん良い発信する場所だと思っています。


高橋 それにしてもKIROBOはロボットという技術的に大変な選択をして、さらにそれを宇宙という厳しい環境に持っていくという、ややこしいもの同士を掛け合わせたプロジェクトですよね。「まぜるな危険」みたいな(笑)。 西嶋 「本当にロボット開発が間に合ったんですね」と、宇宙関係の方にたいへん驚かれました(笑) 高橋 ロボットが宇宙に打ち上げられるレベルになったのだと思います。一昔前のロボットなら試験に通らなかったでしょうね。モーターも画期的に良くなっていい部品がそろった。タイミングが本当に良かったのだと。 片岡 トヨタ側も、もう少しタイミングが早ければきつかった。これがベストなタイミングでした。今回のプロジェクトのお話を最初に聞いた時にすごく心に響いたのは「オールジャパン」というキーワードでした。震災後、これからの日本が進むべき道の一つを宇宙という舞台で提示できないか。じつによいタイミングだったと思いますね。 後藤(雅) 宇宙は開拓中のフィールドです。やってみないとわからない。基礎研究ももちろん大切だけど、他の分野も色々やってみることで次につながりますよね。今回は民間資金で民間の力でできあがっている。官や国だけでなく民間が入らないとすそ野が広がっていかない。これからの広がりに期待しています。 高橋 ロボット業界も宇宙業界も話題になったりならなかったり、波がありますよね。予算もどちらも順調に下がってきていますし(笑)、KIROBOをきっかけに両者とも、もう少し上のレベルの波に持ち上げられたらいいなと。KIROBOはライフスタイルやコミュニケーションのあり方を変えるとか、社会に波及する効果があると思っています。 西嶋 皆さま、本当に有難うございました。そして、宇宙に行ってからが本当の本番と言えると思います。これからも、どうぞ宜しくお願いします!


(※8月4日のキロボ打上げ前にヒヤリングした内容です。)